2001年2月17日 WBAライト級タイトルマッチ(両国国技館)
畑山隆則 引分け リック吉村

<試合前の私の独断コメント>
畑山隆則 VS リック吉村が本当に実現する事になった。
正直言って複雑な心境だ。リックにとっては念願の世界戦の実現で、その意味からすれば大変喜ばしい。22度もの日本王座防衛を果たした偉大なボクサーが、世界に挑戦する事無くグラブを壁に吊るす事にならずに、胸を撫で下ろす心境も確かに有る。
しかし、しかしである、贔屓目無しに冷静に二人の対戦を考えた場合、リックが勝ち名乗りを受ける姿を想像出来るボクシングファンは極めて少ないだろう。もっと端的な言葉を使わせてもらうなら"ミスマッチ"と言われる類の試合になる可能性も多分に有る様に思う。リカルド・ロペスに平野公夫が挑んだ試合とまでは言わないまでも、ロペス対ロッキー・リン戦位の先の見える対戦かもしれない。

我々はリック吉村ことフレデリック・ロバーツの不遇の歴史を知っている。
八戸帝拳では高橋ナオトと死闘を演じたあのマーク堀越、カーロス・エリオットと三羽烏で活躍した。そう言えばマークにも世界挑戦は巡って来なかった。(最も高橋ナオトも世界挑戦に恵まれなかったが)エリオットは敵地フランスで地元のデレと世界を争ったが、顎と夢を砕かれた。
そして、ひとり残されたリックは、元五輪金メダリストのスラフ・ヤノフスキーに子供扱いのレッスンを受け、平成のKOキングともてはやされた坂本博之の強打の引き立て役となった。しかし、リックはその挫折から這い上がって日本タイトルを再び手にし、そして22度防衛という金字塔を打ち立てた。22度防衛とは気の遠くなる様な数字で、偉業には違い無いが、その22度防衛という記録にこそ、ボクサーリック吉村の不遇を見てとる事が出来る。
22度も防衛出来る実力を備えた日本人ボクサーは、22度も日本タイトルを防衛する事は無いのだ。リックが日本で戦う日本人以外のボクサーだったからこそ、この最多防衛の日本記録は生まれた。皮肉なものだ。

不本意に日本タイトルの防衛を続けながらも、リックは事有る毎に坂本との再戦を訴えた。しかし、坂本にはリックと戦うメリットが無い為に対戦はとうとう実現しなかった。(決して坂本の責任では無い)少なくとも今回の対畑山よりも、全盛期のリック対坂本の方が興味深い対戦だった事は間違い無いのだが。

悲しいかな人は寄る年波に抗えないもので、落日が顕著な老雄には、世界の頂は途方も無く遠いものかもしれない。
最初に言ったが、此処が複雑な心境になる源で、リックを知るファンのひとりとしては、(勝ち負けはともかくとして)一度でも世界に挑戦させてあげたい。方や、勝ち負けはともかくとする世界戦が行われていいものかと考える。そうすると毎度の世界ランキング問題となり、リックは誰か世界ランカーを破ったのかな?という疑問が湧く。(私の記憶では破っていない筈)OPBF王者は世界にランキングされるルールだと思ったが、ナショナルタイトルの連続防衛が世界ランキング入りの1ファクターだったかな?と考えたりもする。

でも、結局堅苦しい事は考えないで二人の優秀なボクサーの熱戦を期待するのが一番なのだが。


<試合後の考察>
三者三様でドロー
まず初めに深く頭を垂れる必要が有りそうだ。臆面も無く"ミスマッチ"とまで言い放った、自分の眼力の無さにほとほと呆れる。勝負事に絶対が無い事は承知していたが、今回は"畑山の圧勝"の予想に絶対に近い自信があった。それは結果が出た今でも、両者の戦力を相対的に比較した場合、筆者的には必然と導き出される事に変わりは無い。しかし、結果は見ての通り。リックに分の有るドローに終わった。(これも独断。筆者の採点では1Pointリックの勝ち。勿論減点含)
筆者だけで無く、大方の見方も王者の圧勝を支持していた一戦だった。それが如何なる理由でこの結果となったのだろうか?
挑戦者が王者に勝っているファクターを考えると、「キャリア」「クリンチワーク」「アウトボックスのテクニック」が上げられると思う。これは結果論では無く、戦前から認識していた事だが、正直何れのファクターも実力が拮抗している場合に有効なものであり、今回はそれ以前の次元で王者に組み伏せられてしまうと予想していた。しかし、蓋を開けてみると、リックは誇示すべきファクターを最大限に発揮し、そのファクターが試合をコントロール出来る事を証明した。

基本的にはアウトボクサーのリックではあるが、世界王者相手に完全なアウトボクシングをしたのでは、押し切られるのは明白で、陣営は当然の事ながら加撃を織り交ぜたアウトボックスを選択し、リックは見事に机上の戦略をリング上で披露した。また、挑戦者の自覚からか、自慢の左に加えていつも以上に右も放ち、王者の前進を妨げる効果を発揮した。
接近戦は挑戦者にとってはリスキーで、それを得意のクリンチワークで凌いでみせた。リックのクリンチに対しては賛否両論別れるのは必至で、特にBOXINGをあまり見慣れない人には、ダーティで汚く写るかも知れないが、クリンチワークも立派なテクニックのひとつで、クリンチとホールドとは違う。今回畑山が試合中必用にホールドをアピールし、リックにとって不幸な事に、レフェリーの森田氏には「挑戦者はクリンチが多い」という潜在意識が擦り込まれていた。結果的に試合を分ける事になったあの減点1も、もしもレフェリーが日本人で無かったら、減点という直接制裁にまでは至らないレベルだったと筆者は思う。

左ジャブとフック、ボディアッパーで王者の出鼻を挫き、ピンポイントで放つ右も効果的だった。王者に押し込まれるとクリンチワークで凌ぎ、巧みなロープワークも見せた。
王者は己の攻撃を寸断され続け、自身も肉体的なダメージはさほど被らない変わりに、心理的に追い込まれてイライラが募っている事は、観戦者にさえ顕著だった。対峙している挑戦者からすれば、王者の狼狽が手に取る様に分かった筈だ。
しかし、世界初挑戦時に終盤の不手際からタイトルを取り損なった事のある王者は、陣営のゲキもありラストスパートをかけた。クリーンヒットは出来ないものの、体の力の衰えが見えてきた挑戦者に対して、強引に王者が攻め続けて最終のゴングが鳴った。

判定の結果がリング上で読み上げられる。一人目のジャッジは畑山、二人目はリック、そして元名王者のアルゲリョの採点はドロー。三者三様で引分け、王者畑山が防衛に成功した。
この日の国技館の夜は、全てリックを中心に回って居た。リング上で彼はポテンシャル以上のパフォーマンスを披露した。王者との噛み合わせもリックにとって好ましいものだった。しかし、結果はドロー、挑戦者にとって引分けは負けと同義語だ。

遠い島国にやって来て、本国の誰にも知られる事無くプロのキャリアを積み重ね、異国のナショナルタイトルのレコードを塗り替えた。しかし、ワールドタイトル挑戦は実現出来ない。その間にも時は流れて肉体的な年輪は刻まれていく。そして、待ちに待った夢の舞台に上がる時は36歳になっていた。

遅すぎたのか?
答えは"NO"だ。

苦行と言ってもいいほどのボクシングキャリアを積んだ、36歳の今現在のリック吉村だったからこそ、世界の舞台で輝く事が出来たのだ。
彼のトランクスに織り込まれていた"Dreams Come True"
夢は実現しなかったが、現実に匹敵する夢を、彼は彼の愛する人達に見させる事が出来た筈だ。

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