2000年10月11日 WBAライト級タイトルマッチ(横浜アリーナ)
○畑山隆則 10RTKO ●坂本博之

<試合前の私の独断コメント>
畑山隆則と坂本博之。この二人のボクサーに対して女神の微笑み方は実に対照的だ。
坂本の幼少期のエピソードは、マスコミ受けするインパクトで、スポーツ紙等でよく取り上げられるが、此処ではリング外の事はひとまず置くとする。
世界の頂点を夢見る若者にとって、四度もそのチャンスが与えられる事自体が、女神が微笑んでいると言えなくもないが、それでもその幸運を綺麗さっぱりに忘れ去ってしまうほど、女神は悪戯が過ぎる。
筆者はあの試合を国技館の桝席で観ていた。ファーストラウンドから坂本のパンチは、ものの見事に王者セラノの顎を打ち抜き、二度までも青いキャンパスを舐めさせた。場内は興奮の坩堝となり、絶叫のうちにゴングが王者を死の淵から救い上げる。そして、思わせぶりに微笑んだ女神は、すぐに移り気を起こす。相手に充分なダメージを与えて悠然と帰還する筈の勇者の顔は、12R戦い終わったガッティの様に変形し始めている。そして...試合は中途で止められた。何故女神は微笑みを辞めたのか、全く何が待ち受けているか分からない、そう痛感した。そう言えば試合をSTOPした若きハルパーンも、その人生に突如として幕を下ろしたが。
対する畑山は、女神に満面の笑みで迎えられた。まずは、復帰戦でダイレクトに世界挑戦の機会が与えられ、加えてその相手がグラズジョーを持つ起上がり小法師という幸運。蓋を開けても、女神は終始畑山に微笑みを振りまいた。
とかく、世界王者になるには実力以外にも運が必要とか、世界王者になる者は何かが違うと言うが、その"運"や"何か"が畑山にはあって坂本には無いのだろうか。"星の下"的な言葉でかたずけられてしまうとしたら、余りにも坂本が不憫でならない。

今回の両雄の対決に、女神が中立であると仮定して、"運"や"何か"はこの際はなから無いものとして考えるとする。
ズバリ畑山が「勝つ為のボクシング」に徹すれば、王者が判定でベルトを腰に戻すだろう。おそらく参謀のルディはこの戦術を選択し、基本的には脚を使ってアウトボックス。チャンスを見て懐に飛び込むが、深追いは避けると思う。畑山が外側から冷静に坂本を観察する事が出来れば、ビッグパンチを被弾する事は無いだろう。
対して、坂本には戦術など無い。全てのボクシングファンに認知されている方法で、王者の牙城に迫る。トレーナーが偉大なるキューバ人でもそれは変わらない。確かに刃は磨かれ、巧みにはなっているだろうが、それを振るうのは野武士そのものの筈だ。その野武士の気迫に王者が応じた時、不器用な挑戦者の宝刀によって、天下が変わるかもしれない。


<試合後の考察>
10R 畑山のTKO勝ち
正に"激闘"希にみる好ファイトとなった。この試合を見た全てのボクシングファンは、興奮で震える自らの鼓動を聞いただろう。勝者があり、そして敗者があるが、勝敗を超越した次元での感動を人々の胸に残した事は間違い無い。

戦前の予想を裏切って1Rから王者が打って出た。「打ち合いなら挑戦者に分がある」筆者を含めて、大方の見方は一致していた。しかし、王者はそうは考えていなかった。「打ち合ってこそ自分の良さが出る」そう考えていた様だ。ボクシング誌上でも「内側からの攻撃は自分の方が上」「僕は打たれ弱くは無い」と発言していた。コウジ有沢戦でもそうだったが、畑山はプライドも有るし、打ち合いたい気持ちは嘘では無いだろうと筆者も思った。しかし、それは余りにもリスキーだ。何よりも打たれるのを嫌うルディが、そんな戦術を選択する筈が無い。実際の試合になれば足を使ったボクシングを王者はする。そして判定で勝ちをものにすると予想していた。しかし、勇敢な王者は戦前の発言通りの戦いをやってみせた。そして打ち勝った。

1Rから壮絶な打ち合いになった。挑戦者が最初から打って出るのは予想通りだが、それに王者も応えて、いきなりヒートアップ。そしてラウンド中盤に王者の放った鋭角的な右フックが坂本の左目上を切り裂く。後での情報によると、そこは練習中に切れていたとの事だが、挑戦者の顔面に赤いものを見た瞬間、セラノ戦での悪夢を思い出した諸氏も多い事だろう。負傷決着での不完全燃焼だけはさせたく無い、そう願った。
両雄ヒートアップしたままラウンドは進み、畑山のシャープで切れの有るパンチが挑戦者を的確に捕らえる。攻撃を優先する左腕をだらりと垂らした挑戦者のデトロイトスタイルは、手負いの左顔面を考えると、見る者の心臓に悪い。坂本もだまってはいない、王者とは質の違う、坂本ならではの重いパンチを王者のサイドボディに見舞う。しかし、そのほとんどを王者の肘に阻まれている。顔面への加撃も青いレイジェスを叩く事が多い。畑山も坂本と同じで、顔面が腫れ易いタイプだ。それが試合後の顔はきれいなものだった。坂本のパワフルに見える攻撃の割には王者には触れてはいなかったのだろう。
対する王者は確実に挑戦者を痛めつけていった。放ったパンチとクリーンヒットとをカウントしていたとしたら、そのクリーンヒット率は両者に大きな差があった筈だ。
迎えた10R王者の放ったワン・ツー、右フックが物の見事に挑戦者を打ち抜き、今まで必至に耐えていた細い糸が切れた。そして、ゆっくりとまるでスローモーションの様に坂本は腰からキャンバスに落ちた。類希なる精神力を持った坂本の前に、現実は非情な審判を下した。

念願の世界一の証を得る事はまたしても出来なかった。しかし、それ以上の感動を彼は残した。この先、グラブを壁に吊るした後も、坂本という愚直なファイターが居た事をボクシングファンは決して忘れない。

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