99年 8月29日 WBC世界バンタム級タイトルマッチ(大阪ドーム)
○ウィラポン・ナコンルアンプロモーション 7RTKO 辰吉丈一郎

<試合前の私の独断コメント>
『辰吉丈一郎』彼ほど波瀾万丈に満ちたボクシング人生を歩み、そしてその足取りを注目され続けたボクサーはいないだろう。
辰吉は王者としての実績、資質を考えれば決して一流とは言えない。具志堅用高の様な絶対的な強さは無いし、渡辺二郎の様なスマートな戦い方も出来ない。ましてや川島郭志の様な芸術的なディフェンスなど微塵も無い。怒涛の攻めもファイティング原田の無尽蔵な回転には敵わないだろう。しかし、彼にはそれを超越したカリスマ性がある。あしたのジョーよろしくマスコミが作り上げた部分も少なからず有るとは思うが、それを差し引いても彼のキャラクターは特異で、自分勝手だとの酷評もよく耳にするが、少なくとも愛すべきボクサーである事は疑う余地がない。彼には、ある意味でプロとして最も必要な、見る者を感動させる何かがある。シリモンコンをマットに沈めた試合を見て、涙した諸氏も多い事だろう。

鳴り物入りでプロ入りし、世界初挑戦で戴冠。不安など全く無く前途洋々に思えた未来には、神の悪戯か、度重なる眼疾、幾多の敗戦が待ち構えていた。しかし、彼はこの困難を異常なまでのエゴイスティックな我で、大波を乗り越えて来た。周囲にはその大波を乗り越える必要性を見出さない人々の意見も多々あったと思うが、彼はそれをも自らの力とし、そして、その集大成がシリモンコン戦で結果となって現れた。
しかし...ウィラポンにまさかの惨敗。彼がタイ人に敗れる事も考えてはいたが、まさに壮絶な目を覆いたくなる様な敗戦。最初は敗戦を目にしたショックの前に、戦士の安否が気になるほどの完膚なきまでの敗れ方だった。筆者は辰吉を見続けて初めて「引退」を確信した。

でも、まだ彼はリングに上がると言う。ウィラポンともう一度戦う為だけに...

<試合後の考察>
正しく一縷の望みも無いほどに、完膚無きまでに叩き潰された。そして、リチャード・スチールが試合をストップした瞬間に、耐え抜いてきた「意地」という糸がプツリと切れた。自らの意志を失った勇者の肉体は重力に抗う事が出来ずに後方に倒れかかる。それをレフェリーと共に救ったのは、倒れ行く男にダメージを与え続けた張本人のウェラポンだった。

ノックアウトされ、キャンバスに寝かされた敗者の横で勝者が雄叫びをあげる。ボクシングではそんな光景をよく目にする。確かに勝負の厳しさ、非情さを痛感する瞬間ではあるが、今回の様に直前まで戦っていた相手に、平衡感覚を失った己の身体を支えられる。ある意味でこれほどの決定的な敗者の烙印は無いのではなかろうか。(勿論ウェラポンに他意は無く、むしろデスマスクと言われる彼の内面に潜む心の温かさを感じるが)

しかし、それほどまでに優劣のはっきりした完敗ではあったが、それでも私は思う。

敗れはしたが、辰吉は見る者に最後まで感動を与え続けたと。
王者の憎らしいまでに冷静で的確なパンチの嵐の中、羅針盤を失った難破船の様に浮遊しながらも、最後までキャンパスに沈む事を拒否し、的を射る事の難しくなった両拳を突き出す。「もういいよ、もういいよ、辰吉。充分だよ」と思いながら、熱く込み上げるものに耐える事が出来なくなってしまった。これはもしかしたら“感動”ではないのかもしれない。“悲しみ”それとも違う。何れにしても辰吉は不思議な力を持った類希なボクサーだった。

辰吉が正式に引退を表明した今、後輩の中には名護や西岡など、才能では彼を上回るかも知れないボクサーも何人かいる。彼らがこれから世界へと旅立ち、頂点を極め、防衛回数を伸ばすかも知れない。勿論そうなる事を望むし、応援もする。しかし、それでも...ガードが甘く、見ている方が痛くなる様などつきあいの、辰吉ではないのだ。

../back_1.gif ボクシングトップページに戻る