朗読の内容


皇妃エリザベート 〜 一つの時代が終わる前に
自らその命を終えた皇太子がいた 〜

『エリザベート』という名前は、「ハプスブルクの」という枕詞と共に、今日、多く人の口の端にのぼるようになりました。彼女の生涯は宝塚歌劇団や東宝による同名のミュージカルでも広く知られるようになりました。最近でもしばしば日本各地で彼女に関する展覧会が開かれています。

皇妃エリザベートは、19世紀末のオーストリア、正確に言えば現在のチェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ポーランドまでを含む広大な「オーストリア・ハンガリー二重帝国」実質上の最後の皇帝、フランツ・ヨーゼフ汾「の后にあたります。

フランツ・ヨーゼフ時代のオーストリアは、今日、『世紀末ウィーン文化』としてよく知られている、藝術、文学、哲学などの文化活動が大変盛んな時代でした。

しかしその中には様々な社会運動、民族対立など、次の欧州大戦(第一次世界大戦)という『破滅』を予感させる亀裂が色濃く刻まれていたことも事実です。 皇太子ルドルフ

1889年、この帝国を揺るがす大事件が起こります。エリザベートとフランツ・ヨーゼフ帝の間の唯一の息子である皇太子、ルドルフがウィーン郊外のマイヤリンクで自ら命を絶ったのです。

それは、1918年の帝国の崩壊への最初の一歩、とよべるほどの衝撃を、広い帝国版図全域に与えました。事実、これ以降の帝国には、政治上の失敗や皇妃の暗殺など、暗い事件ばかりが起こるようになります。

政治的陰謀説や暗殺説が噂される中、次第に人々の間で定着していったその自殺の『原因』は、年下の女性、マリー・ヴェツェラ男爵令嬢との『かなわぬ恋の精算』という、大変ロマンティックなものでした。この説は『うたかたの恋』という映画になって、あたかもそれが真実であるかのように思われるようになったのです。

しかし、かなわぬ恋に身を捧げたロマンティックな皇太子、それがルドルフの本当の姿だったのでしょうか?

筆者の小島は彼を主人公にした小説『Die Schatten werden laenger (伸びてゆく暗い影)』で、このルドルフの自殺を『19世紀末の教養人の自我形成とその矛盾』という観点から描くことを試みました。

そして、研究者としては、15才の自我形成期にある皇太子が書いた作文を分析することにより、皇太子の育った時代と彼の自我形成の過程を解き明かす論文を発表しています。

ルドルフは、文化の花咲くウィーンの教養人となるべく、最新、最高級の教育を受けた青年でした。彼の自殺は、19世紀末の知識人が全てそのうちに抱えた矛盾と闘い、そしてそれに破れた結果とも言えるのではないかというのが、小島の打ち出す『ルドルフ像』です。

この『うたかたの恋=マイヤリンクというエピソードから離れたルドルフの本当の姿を探す』という観点は、現在、本国オーストリアの歴史家の間でも、主流となっています。

一人の筆者が書いた、『皇太子ルドルフ』という一人の対象についての二つのテキスト。 この二つのテキストを内容的にリンクさせながら、交互に進行させ、朗読は進みます。

日本ではまだあまり知られていない『皇太子ルドルフ』の姿を紹介すると共に、チェロでは、彼が好んだウィーンの民衆歌『シュランメルン』のメロディーも紹介してゆきたいと思っています。



詳細情報 朗読会とは? 朗読の内容 テキストの紹介 スタッフのつぶやき

表紙にもどる